カテゴリ:Africa-Arusha( 43 )


2007年 12月 16日

アルビノ殺人事件

「アルビノ」

遺伝子になんらかの異常があり、体の色素がすっぽり抜けてしまうこと。
ここでも街を歩いていると、たまにアルビノのアフリカ人を見かけます。

最初に見たときは白人かと思いました。
肌が白く、髪も金髪。 でもスワヒリ語をしゃべるし、風情がアフリカ人そのもの。
実は彼らは全てアルビノのアフリカ人だったのですね。

3週間ほど前に新聞でアルビノの少年が2人殺された、という事件を読みました。
場所は湖の近く(タンガニーカ湖、またはビクトリア湖だと思う)。
殺された少年は体の右腕と右足が切り落とされていた。
そしてその前にも、別のアルビノの少年が殺された事件があった、と書いてあった。

逮捕されたのは60歳を超えた漁師をやっている、2人のタンザニア人兄弟。
彼らは一体なぜこんな残忍な事件を起こしたのでしょう?

実はムチャウィと大きく関係があるのです。

ムチャウイとは呪術師のことです。
人に呪いをかけて病気にしたり、不幸にしたり、逆に人に良いことをするムチャウィもいる(らしい)です。

お金持ちになりたい、商売が繁盛してほしいと願ってムチャウィの所へ行く人が、タンザニアでは今でもたくさんいます。
中でも漁師や宝石の採掘人などの稼業に、多いと言われています。

そして、こういう人たちにムチャウィが
「金持ちになりたくば、アルビノの手(または足など体のパーツ)を持ってこい。」
と告げると、生活苦しくお金の欲しい人たちは実行してしまう、というわけです。

会社の同僚タンザニア人に聞くと、「この手の事件は昔からよくある、特にタンガ、ムアンザで多い」と言っていました。

「本当にムチャウィの呪いって効くの?」と尋ねて、ほとんどのタンザニア人は「うん。効くよ」と答えます。
(あ。 例外はママ・ローズ。 彼女は神様を凄く信じていましたから、ムチャウィには否定的でした)

残忍だけど、なんともアフリカらしい事件だと思いました。

同じころインターネットのニュースで見た日本の事件。

原付きバイク8台でパフパフ・ちんたら走っていたガキに向かって、その後ろを走っていた車がクラクションを鳴らしたら、
ガキどもに車から引きずり出され、ボコボコに殴られ蹴られ、しまいにはバイクで轢かれアゴの骨を折って入院した、という話。

こういうのを聞くと、私はゾーっとするんです。
そこまでやるか? 悪いのはどっちだ?
もし日本にいたら、「ここにはいたくない」ときっと思ったでしょう。


タンザニアでは賄賂や政治汚職などが当たり前になっていて、私のビザを取ってくれたインド人のおっさんは、
「ここでは正義は買うものなんだよ」と言っていました。

でもこういう事件を聞くと、日本の正義はどこに?って思う。

この話を家庭教師先の男の子に話して、
「ね、本当に恐いのはどっちだと思う? アルビノの事件は残虐だけど、ちゃんと理由があるよね。 タンザニア人ってお金のためなら人も殺すじゃない。
この日本の事件の方が理由がなくて、恐いと私は思うんだけど」と言ったら、

「ボク理由わかるよ。」
「そう。 なんで?」
「楽しいからだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「でも、もしタンザニアだったら、その8人はきっと近所の住民たちに後でボコボコにされてるね」

さすがはタンザニア育ち!
だってこの話を後でパートナー(タンザニア人)に話したら、彼も全く同じことを言っていたから。


この一言で私は、なにかちょっと救われたような気持ちになりました。
時として日本より健全なものが、ここにはまだあると信じられるんです。
[PR]

by KilimanjaroID | 2007-12-16 23:50 | Africa-Arusha
2007年 10月 21日

最近のタンザニア

ふう。 あっつい日が続きます。 もうすぐ夏、そして小雨季に入るタンザニアです。
街にはジャカランダの花が咲きまくり、通りを紫色に染めています。
自転車でやってくるAZAMのアイスクリーム売りのおじちゃんが通りかかると、買わずにはいられません。

さて、最近のタンザニアの出来事。

ブズワギ・コントラクト。
腐敗政治につける薬はないんかいっちゅうくらいの、昨今のタンザニアです。
ブズワギ・コントラクトとは、タンザニアにある一部の金の鉱山を国会議員のほんの何人かが密談して、イギリスに売却してしまったという、今も大問題になっている事件。
しかも売却金額は今後予想される全利益のほんの3%程度だったらしい。
当然ながら、関わった議員はすべてCCM党(大統領が所属する、現与党)。

責任を問われているのは、natural resource & minerarl ministerの大臣ですが、4ヶ月間の停職処分をくらいましたが、議員辞職する気は全くないと言っています。


コンビニ袋の使用禁止スーパーや市場などでもらえる¥ビニール袋の使用が、正式に政府により禁止されました。
といってもまだまだ流通してるのが現状ですが。
一部のスーパーでは、紙袋に切り替えたり、袋を渡さないところも出てきてます。


最低賃金の引き上げ。
これはつい先週、発表されました。
生活格差の激しいタンザニアですが、最も安い賃金で働いている人といえば、ハウスガールや食堂のウェイトレスや掃除のおばちゃんなどでしょうか。
こういう人たちは、場所にもよりますが朝から晩まで働いて月に数万シリング、5万シリング以下の人も珍しくありません。
いったいどうやって生活しているのだろう?
ハウス・ガールはタンザニア人家庭か、外国人家庭か、住み込みか通いか、で大分違ってきますが、以前住んでいたママ・ローズは住み込みで月に15000~20000シルほどでした。
ところが、今回の賃金値上げでハウス・ガールの最低賃金は65000シリング。
(ただし住み込みの場合は、生活費を雇い主がだいぶ負担することになるので、60%ほどカットしてもよい)。
はたして実際にはどのくらい守られるのでしょうか。


ラッキー・ドゥーブの死
南アフリカのレゲエ・シンガー、Lucky Dubeが数日前にヨハネスブルグで子供たちを学校に送る途中、カーハイジャッカーに射殺されました。
私はあまりよく知らない人なのですが、今お付き合いしている相手が敬虔なラスタファリアンで、付き合い始める前に、
「この歌が好きなんだ。 この詩をぜひ読んでくれ」と言われて、ラッキー・ドゥーブの歌詞カードを渡されたことがあります。
新聞で死亡記事を読むと、「黒人にとっての偉大な革命家をまた1人失った」というようなことがたくさん書いてあり、ミュージシャンとしてでなく、ブラックたちののフリーダム・ファイターとしての存在がかなり大きい人だったことがわかります。
2010年のワールドカップ・南ア大会のセレモニーでもパフォーマンスすることが決まっていたそうで、本当に残念です。
今度、じっくり彼の歌を聴いてみようと思います。
[PR]

by KilimanjaroID | 2007-10-21 22:06 | Africa-Arusha
2007年 09月 11日

ミス・タンザニア 2007

ミス・タンザニア 2007

今年もミス・タンザニアの季節がやってきた。
何ヶ月も前からタンザニアの各地で地方ミス・コンが行われ、絞りに絞られた各地のミス代表たちが
美を競い、優勝者は世界大会へ出場できる。
テレビでは出場が決まった美女たちがテレビのコマーシャルに出て、「どうぞ私に投票してね!」と、
何週間も前からアピールしまくる。
それだけ国民注目度の高いイベントなのである。
ちょうどこの日は、我が家に遊びに来ていた日本からのお客さんと
一緒にテレビの生中継を見ていたが、なんせ始まったのが夜の11時ごろで、ショーの途中で皆眠くてリタイアしてしまった。

翌日のニュースで優勝者を見て驚いた。
完全にインド系の人なのである。
ふーん。 こういう時代が来たんだなあ。 
と思っているとやはり、この結果は後で物議をかもし出した。
次の日のニュースで、過去のミス・タンザニアが眉間にシワを寄せて今回の結果について熱く語っていた。
スワヒリ語がよくわからなかったが、どうやら彼女は今回の結果を「大問題」としているのは、わかった。
あとで会社のスタッフに聞いてみると、今回優勝した人は大会中ずっと英語でしゃべっていたらしい。
それに対してミス・タンザニアはタンザニア、すなわちスワヒリ文化を代表する人なのだから、スワヒリ語でしゃべるべきだ。 
そういう意味では他に彼女よりもっとふさわしい人がいたのに、なぜ彼女が優勝したのか。
と言っているらしい。
そうかと思えば、インド系だからといってミス・タンザニアにふさわしくないなんて、人種差別じゃないか、という意見も新聞で見た。

人種差別だろうか。
彼女はタンザニア人じゃない、と言えばこれは差別的発言だ。
何世代も前にタンザニアに移住し、生まれも育ちもタンザニア、スワヒリ語を話します、というインド系タンザニア人は、実際とっても多い。 
タンザニアの中で最も多いアジア系民族だろう。
このリッチャ・アディアさんも、たぶん国籍はタンザニアなのだろう。

だがしかしタンザニアにおけるインド系の人たちは、自分たちのルーツはインドにある、ということに誇りを持っている人が多い。 
女性はサリーを着るし、大人になったらインド人のボスのもとで雇われることはあっても、アフリカ系タンザニア人の下でインド人が働くことは、まずありえない(その逆はよくある)。
そして血筋にアフリカ系が入ってくるのを好まない。 
つまりインド系の人が黒いアフリカ人と結婚し混血の子供を生むのは、いるとしてもかなりマイナーなケースだろう。 

今回優勝したリッチャ・アディアさん、見た目だけなら知らない人はまずアフリカ出身だとはわからない。
その彼女がミス・コンテスト、つまり外見的要素も大きく問われる場にタンザニアを代表して出るのである。

わたしは、アフリカの黒人の持つ肉体的な美がとても好き。
ひとくちでタンザニア人といっても、チャガ系、パレ系、マサイ系、ソマリ系・・・etc.と部族によって、顔立ちにも個性があるが
ゆったりと胸をはった歩き方、黒い肌の美しさ、そういうのでもって世界大会にタンザニアをアピールして欲しかったなあ、というのが正直なところだなあ。

追記
[PR]

by KilimanjaroID | 2007-09-11 23:05 | Africa-Arusha
2007年 07月 09日

最近のタンザニア

ついでに近況報告など。

携帯電話は友人から中古のNOKIAを安く譲ってもらいました。
中古だけど、ちゃんとしたハンガリー工場製のやつだから品質は安心。
電話番号は、この機にボーダーコムからセルテルに変えます。
変わったら、一通りお知らせします。

先週の木曜日は、一ヶ月ぶりにKさん宅での日本語家庭教師。
Kさんファミリーは1ヶ月の日本でのバカンスから帰ってきたばかり。
タンザニアで生まれて育った、子供たちの目から見た"ジャパン・レポート"がめっちゃくちゃ面白くて、
この日はずーっと腹をかかえて笑いっぱなしでした。

「見てこの雑誌(関ジャニ8が表紙でした)! 日本の男はみんなホモだー!」 by 息子
「日本人ってみんな髪の毛茶色かった。 黒い髪を見つけるのが大変だったよ。 女の子たちのファッションがみーんな同じ」 by 娘
「息を吸うのにも金を払ってるような感覚だったよ・・・(それくらいボンボンお金が飛んでいったということ)」 by パパ

いやあ。 面白いですねえ。
不思議ワンダーランド日本。 他の国を置き去りにして、どこまでもかっ飛んでいくのでしょう。


そして6月初旬にタンザニアはバジェット・デーがあり、タンザニア政府による物価の値上げが正式に発表。
ガソリン、ディーゼルガソリン、砂糖、パンなど生活に必要な物がこれから徐々に値上げされます。
今回の値上げ率が半端じゃなく、タンザニア庶民に激震が起こってます。
この国がジンバブウェのようにならないことを、ひたすら祈るばかりです。

アンチ・ドラッグの希望の星、アミーナ・チフパが謎の死。
26歳の若さでパーラメント特別メンバーに抜擢され、アンチ・ドラッグキャンペーンに力を入れていた、タンザニアの女性国会議員が数日間の高熱で苦しんだ後、謎の死を遂げました。
一説にはムチャウィによるものでは、とも言われています。
彼女の死を悼む人が本当に多く、とても影響力の強い人だったことがわかります。
[PR]

by KilimanjaroID | 2007-07-09 00:00 | Africa-Arusha
2007年 07月 08日

これが新しい家!

新しい家に移って1ヶ月半たちました。
 
アルーシャ中心地から少し離れたバウダというこの地域は、実は泥棒が多いエリアとして地元人の間では知られています。 
タンザニア人に「バウダに引っ越した」と言うと、「なんであんな所へ?」と何度か言われました。 「夜なんか危なくって歩けないでしょ」
私は外国人ですから夜7時以降に出歩けないのはどこに住んでも同じです。
大事なのはその家がどれだけのセキュリティを持っているか、です。

ダラダラを降りてから家まで徒歩で5分。 
まったく舗装されていない、ボコボコの道は”Njia ngombe ya pili”(牛さん通り2丁目)と呼ばれており、
朝は牛たちのンモォ~という声が聞こえる。 
鶏の親子が歩き、道端ではおばちゃんたちが魚を干したり、モロコシを焼いたり、途中にバナナ畑があったりとタンザニアのローカルさを毎日楽しんでいます。

ここではまだ外国人には1人も出会ったことがない。 
例えるなら、前のママ・ローズの家は東京の六本木ヒルズ。
今度の家は埼玉あたりの、外人ゼロの畑のあぜ道沿いにあるようなもの。
会社まではダラダラ2本で30分。 
慣れると苦にならない。

一番変わったのは食生活。 毎日自分で作って食べているので、少し体重も落ちた。
タンザニア庶民の食事は、とにかく油と砂糖と塩がてんこ盛り。
シチューにも鍋の底に最低1センチは油、ご飯を炊くときにも大さじ3~4杯、チップスや揚げ魚もとにかく油、油。 紅茶やコーヒーには砂糖3杯は当たり前。
日本茶を出したら”砂糖入れていい?”と言われた。
前の家ではあまり出番がなかった日本食材や調味料も、ここに住むようになってから毎日使っている。
ヒジキおいし~。 味噌汁おいし~。 ゆかりふりかけメチャクチャおいしい~。 薄型もちは今度お好み焼きに使おう。

写真を見る
[PR]

by KilimanjaroID | 2007-07-08 22:53 | Africa-Arusha
2007年 06月 04日

6月が始まりました

あっという間に6月になっちゃった。
引っ越して2週間たちました。
テレビを買い、キッチンにテーブルを置き、ゴキブリも最近は見なくなり、やっと住居らしくなってきました。

家の近所のネットカフェにラップトップを持ち込んで、久しぶりにメールチェック、ブログ更新してます。
今度の家にもネットのケーブルを引くつもりでいたけど、もう必要ないかなって気がしてきた。
家にあるとついつい深夜までパソコンに向かっちゃう。 やらなくてもいいことに時間を使ってしまう。
これじゃ日本にいた頃と同じだ。
これではタンザニアらしくないな~。 夜は友達呼んで一緒にご飯を食べたり、テレビを見たり、
新聞をゆっくり読んだりして過ごしたい。

というわけでしばらくはネットカフェに持ち込みでやってみよう。


ここ最近のできごと。

勤め先で社長の新事業の日本食スナックとフォトショップがオープンし、仕事がガツンと忙しくなった。
アルーシャのミス・コンテストを見に行った。
日本人の旅行者と出会い、久々に日本語をいっぱいしゃべり、なかなか貴重な時間を過ごした。
日本から送ってもらった船便(本・CDなど)が届いた! 明日、取りに行くぞ。 楽しみ。
昨日はTAIFA対SENEGALのサッカーの試合が行われ、結果は1-1のドロー。
TAIFAはタンザニアのナショナル・チーム。

そしてついさっき、携帯電話を無くした(盗まれた?)・・・・・・・。

あああああ~~~。 ついにやってもうた・・・。
無い。 やっぱり無い。 さっき市場からの帰りに乗ったダラダラで盗られたか?
くっそー。 それにしてもジーンズの前ポケットに入れておいたはずなのに、まったく気づかなかった。
それともどこかに置き忘れたか?
あああああああ、ショック。

幸い大事な人の連絡先はアドレス帖にぜんぶ書いてあったので、そんなには困らんだろうけど。

明日1日待って、出てこなかったら買いに行きます。
[PR]

by KilimanjaroID | 2007-06-04 00:03 | Africa-Arusha
2007年 05月 17日

アルーシャ住宅事情

日曜日にはベッドとマットレスを買い、ミトゥンバでオーダーしたカーテンを今日は新しい部屋に取り付けてきました。
土曜日には荷物を全部運び込む予定です。 タンザニア生活の新たな1ページの始まりみたいでかなりワクワクしてます。

さて今回の家探しでアルーシャの住宅事情について、色々なことがわかったので書いてみます。

まず平均的な都会のタンザニア人がどんな家に住んでいるのか?

これは一部屋の家賃が1400円くらいの長屋タイプが、最も多いでしょう。
中庭を囲むようにして、2部屋または1部屋の世帯が並んだ長屋タイプ。
一部屋は六畳ほどあります。 トイレ、風呂など水場はすべて外にあり、4~5世帯でシェア。
もちろん電気はあります。
4人家族のジャスティンはこれの二部屋タイプに、独り暮らしのジャネットはこれの一部屋タイプに住んでいます。
おそらくこのタイプが最も多いんじゃないかと思います。

ちなみに公務員の平均賃金が8000円~9000円と言われているので、給料に占める家賃の割合は決して安くありません。

こうした家に住みつつもお金を貯めて、土地が買えた人は一戸建てを建てます。
ジャスティンもすでにメルー山のふもとに自分の家を建築中です。

では外国人はどうか。
お金のある人は家賃300ドル~400ドルも出せば一戸建てに住めます。 
また外国人専用アパート(お湯のシャワーがあり、電気があり、先進国と変わらない設備がある)も、300ドル以上はするみたいです。
こういうところは国連にお勤めのパパがいたり、会社を経営するパパがいたりするファミリーが多いのじゃないかと推測します。

アルーシャで最も困るのが私のような独り者の外国人です。 
水場が外にある長屋タイプは、安いけどセキュリティを考えると独りでは住めない。
そうかといって家賃300ドルはとても手が出ません。 
ここの独身ムズングたちは、400ドルくらいの一軒家を数人でシェアしたり、数ヶ月間のボランティア・ワーカーは月5000円くらいでホームステイする人が多いみたいです。

今までの私の暮らし方もホームステイではないですが、まあこれに近いです。
(そう思うと、なおさら今の家賃がべらぼうに高いんだよな~)

家賃月100ドル以下で水場が家の中にあり、セキュリティもOKの1人または2人用の住居。
これが最も数が少なく、見つけるのが難しいのだ。
お金のある人だと、自分の家の敷地内に賃貸用の小さい家を建てることがあります。
ゲスティと呼ばれるこのタイプは、1ベッドルームで水場は中、家の敷地内なのでセキュリティもばっちり、家賃は月5500円~6600円くらい。

今回わたしが入る家がこのゲスティの集合タイプ。 かなりお金がある人じゃないと建てられません。
このタイプがもっと増えて欲しいと願うのですが、これは個人の力で建てられるのでアルーシャのお金持ちに頑張ってもらうしかありません。
数が少ないので、部屋が空いてもすぐコネとコネですぐ埋まるみたいです。
今回、こんなにすぐ見つかって本当にラッキーでした。
今までと違うタンザニア生活を、まだまだ楽しみます。
[PR]

by KilimanjaroID | 2007-05-17 06:24 | Africa-Arusha
2007年 05月 10日

"なんとなく"がアフリカ流

イライライライラ。 
好き勝手にこの家にあるものを食べ、電機代のことなど気にせずに湯沸かし器を使い、テレビを見る
お客なのかそうじゃないのか、よくわからない人たちにイライライライラ。


要するにルールが無いのだ、この家には。
本来、この家の定住者はママ・ローズと私とネーマの3人だけ。
この家の一部屋を借りるのに月に10万シルを払い、電機代はママと私で折半。 (ウィニーがいるときは、彼女もシェアする)
それ以外は特別決まったルールはない。
食事や消耗品も、ママが買い私が買う。 食事はママが作ることが多い。 時々私が作る。
それぞれが買ってくる食費と、ネーマにかかる費用の半分ずつをママと私で負担すればいい。
はずだ。 本来なら。

ママと私の2人だけの時は、こうしたストレスは全く感じなかった。
ところが年間を通して、この家にはエクストラの滞在者が多い。
1週間、ときには2ヶ月滞在するウィニー、学校が休みだと1ヶ月近くいるジョシュア、サラ、時々やってくるママの子供とそのファミリー。
ママのビジネスのお客さん。

人が増えれば食費もかかる、電機代も上がる、食事の後の皿洗いも楽じゃない。 
それでも特にルールはない。 お金を持ってる人がなんとなく食料品を買ってきて、できる人がなんとなく家事を手伝う。
それがアフリカ流なんだろう。
けど、私は毎月10万シルも家賃を払っているのだ。
そこが彼らと大きく違う。 
賃貸人なんだから、ママのお客さんやら友人やら孫やらに関してはなんの義務もない。

そしてこの3週間のママ不在のサバイバル。
私1人でプラス2人分の食費負担は、出来なくはないが"なんでだよ?"という疑問が日に日に大きくなるばかり。
ウィニーは居るときは、食料品やら洗剤やらオイルやら買いすぎるほど買ってくるが、あくまでもいる間だけ。





考えたあげく、この家を出ることにした。
今度は1人で住める部屋を探そう。



引越し先は2週間ほどで見つかった。
会社の同僚に相談すると、リリアンという女性を紹介してくれた。
不動産エージェントの他にも、色んな仕事をしているリリアンはとても有能な女性だった。
時間にルーズじゃない、今日来るといったらちゃんと来るし、1度会って後はほったらかしということもなく、3日に1度は電話がきた。


希望は月に7万シルくらい、セルフ・コンテイン(トイレ・シャワーが家の中にあるタイプ)、キッチン付き、電気がきていること、
できればリビングとベッドルームの二部屋があること、セキュリティがよいこと、会社からあまり遠くないこと。

リリアンと一緒に2件見に行き、2件目で決めた。
部屋は両方とも、とてもいい部屋だった。 ムズング(外国人)が住める家、というのをちゃんと彼女は理解している。

中庭を囲むようにして4世帯が入ったアパートメント。 夜は6時半から朝まで毎日、門の外と中にそれぞれアスカリがいる。
小さいリビング、ベッドルームが2つ、トイレ兼シャワー、広めのキッチン。
家賃は8万シル。 日本円にすると7500円くらい。
会社からダラダラで30分。 会社から街のメイン・ストリートを通って行くので、なにかと便利だ。
アルーシャ一のスーパー、ショップライトまで頑張って歩けば30分くらい。
これもベネフィット。

明日には鍵をもらえる。 部屋が空っぽなので週末には家具を買いに行こう。
[PR]

by KilimanjaroID | 2007-05-10 06:03 | Africa-Arusha
2007年 05月 10日

この3週間

ママ・ローズがロンドンに行ってから、毎日家のことばかり考えている。
ネーマのこと、少なくない出費のこと、この問題児をママが帰ってきたらどうするだろう?
ネーマの病気のこともある。
腹痛で病院に連れていったら、結果はUTI(尿道感染)。
薬による治療だが、4~5日で治るものでもない。 どうやら思ったより時間がかかるらしい。
その2週間後にはマラリア。 モロゴロですでに感染していのか、アルーシャに来てからなのか。
とにかくネーマの治療代とタクシー代ですでに5万シルは使った。
UTIは薬が切れたら、また連れて行って尿チェックしなければいけない。 
治っていなければ薬治療の続きだ。

食費や生活費も飛ぶように消えていってる。
食べ盛りの14歳、20歳、33歳がいるから当たり前か。
それにしても私とママの2人だけの時の3倍くらいの早さで、ものが消費してる気がする。

ママがロンドンに行ってから、これらの出費は90%私の負担になってる。
「ケロシンオイルがないよ」「トマトがなくなった」と言われて、「わたしもお金ないよ」と言い返す。
するとカドゴが少しは買ってきてくれる。
けど彼女も働いているけれど、そんなにお金があるはずない。
そもそも(ママが)頼んで、私たちのために来てもらってるのだからカドゴに出費させるわけにはいかない。

さっきはご飯がまだ残っているのに、ウガリを作っていたネーマをまた叱るはめになった。
「主食は1日1品って言ったでしょ。 前に作ったのが無くなったら次のを作るの。
それともトマトや米が無くなったら、あんたが買ってくるの?」
言いたくないが、こんな嫌味も言わないと彼女には伝わらない。
自分で買い物していないので、何にいくらかかっているかなど、彼女にはイメージできないのだ。


電気代も節約しないといけない。 1ヶ月前、TANESCOが電気代を値上げしたからだ。
不便は承知だが、電子クッカーと湯沸かしポットを使うのを止めた。
ところが先々週、学校が休みのジョシュアとサラ、そしてウィニーが1週間滞在したとき。
おそらくウィニーの部屋に隠してあったのか、誰かが湯沸かしポットを使い始めた。
キッチンに置いてあれば皆が使う。
ウィニーにもできれば使って欲しくなかったが、彼女はママが最も信頼している人で、ママ不在時には彼女がこの家のボス。
なんとなく言いそびれたまま、やがて3人ともナイロビに帰っていった。
明るく元気なウィニーがいつもは好きだけど、今回ばかりは心から彼女を歓迎できなかった。


ウィニーが来るまでの2週間、問題児ネーマにカドゴと2人で手を焼きながらも、少なくない出費にトホホと思いながらも、なんとかこの家の生活を規則正しいものにしてきたつもり。
だがネーマと同じ年頃のジョシュアとサラがやってきて、ネーマが家事をしている傍らで昼間は(たぶん)テレビを見ながらごろごろ。
「ネーマにあげるのは本当に必要な物だけにして。 特に洋服はいっぱい持ってるみたいだから、もうあげないでね」
とカドゴに言い聞かせた。
ある日ネーマが見たことのない綺麗な服を着ていたので、聞くとウィニーにもらったという。
(はぁぁぁぁ~~~あ)
これではネーマのリズムも狂う。

ムっときたのは、ネーマがマラリアになったとき。
仕事の後ジムに行って8時過ぎに帰ると、ネーマが「喉が熱い」という。
触ると喉が熱を持ったように熱かった。
ウィニーに「ネーマの具合が悪いから、今から病院に行って来るよ」というと、
「こんな夜中に行くの? 明日じゃダメなの? 大体なんであなた、その子をそんなに何度も病院に連れていかなきゃいけないの?」
と娘と2人でテレビを見ていたウィニーが言う。

カチンときた。 こんな夜中に? あたしだってこんな夜中に行きたくないよ。
けど、この子が具合悪いのにも気づかずに、あんたはずっとテレビ見てたでしょ。
「熱があるのよ。 あたしは医者じゃないから、何をしたらいいのかわからない。 手遅れになってからじゃ遅いでしょ」
するとウィニーはネーマを診察し始め、
「熱があるからパナドル飲んでおけばいいんじゃない。 それと喉の皮膚病は、きっと~菌だよ」

こうして自分で勝手に判断して、勝手に薬を飲む人はここでは多い。 そして間違ったまま病気が酷くなるのもよくある。

病院に行く必要があるのかどうか、もう一度ネーマに聞いた。
「Ni lazima(必要だよ)」
結果はマラリア。 行っておいてよかった。 マラリアは早期に薬を飲めばすぐ治る。
[PR]

by KilimanjaroID | 2007-05-10 04:44 | Africa-Arusha
2007年 05月 10日

タンザニアのメイデー

ご無沙汰してました。
1週間前に大雨で、またもネットのワイヤーが切断されてしまい、今日復旧しました。

5月1日はタンザニアはワーカーズ・デイの祝日でした。
朝からピーヒャラ、ヒューヒュー、ドンドコドンのパレードの音で目が覚めた。
色んな会社がプラカードを持って、お揃いのTシャツやキテンゲを着て市内を練り歩きました。
プラカードには「雇用を増やせ」、「給料アップ」などの勤労者たちの訴えが書かれていました。
パレードは人バージョンと車バージョンがあり、車はなんの事業をしてるか一目でわかるデコレーションの車ばかりでした。
企業の宣伝もかなり大きな目的だったようです。

カラフルなパレードの写真はこちら
[PR]

by KilimanjaroID | 2007-05-10 04:02 | Africa-Arusha