『アフリカのへそ』

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2006年 10月 31日

続・ジェニー

10月30日(月)

朝、バスルームで用を足していた。 寝ぼけまなこで目の前に置かれたタライを見る。 ほとんど空っぽ。

「またジェニーだ。 水がなくなったら足しといてって言ったのに。 水がないとトイレが流せないじゃん」
朝から少しイラついた。 
ふっと右に目をやると、ごちゃごちゃ置いてあった彼女の櫛やらヘアクリームやらがない。
すべてきれいに無くなっていた。

「出て行った! あいつ、とうとうナイロビに帰ったんだ!!」
ヤッホー。 なんてラッキーな月曜日。
あのタダ飯喰らいのバカ女。 ここを無料のホテルだと勘違いしていた、あの図々しいドケチ女。
ああ良かった。 とうとう出て行った。 

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by KilimanjaroID | 2006-10-31 23:08 | Africa-Arusha
2006年 10月 31日

ある日の夕ご飯

10月29日(日)

アルーシャに住む日本人ファミリーのKさん一家は、とても面白くて暖かくて、ナイスな家族だ。
一家はまだジュリアス・ニエレレが大統領の頃からタンザニアに住んでおり、東アフリカ生活の大ベテラン。


ご主人のKさんは日本語と同じようにスワヒリ語を話し、理解する。  
その昔Kさんがタンザニアにやって来たころは、外国人が就労ビザを取るのは今とは比較にならない程の時間と労力を要したそうだ。 
まともな日本人ならいくつ神経が切れても足りないくらいバカヤローなことが多いこの国で、彼はいくつものバカヤローとぶつかって乗り越えてきたのか。 
彼のほんわかした笑顔に刻まれたシワを見ながら想像してしまう。

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by KilimanjaroID | 2006-10-31 22:58 | Africa-Arusha
2006年 10月 26日

TMAを訪問

10月21日(土)

この日はナイロビの友人Kちゃんと、TMAを訪問しました。
前夜からの雨は朝になってもシトシトと降り続けていたので,アルーシャの道はそこいら中が池だらけ。 
泥と雨の中を”モンドゥーリ”行きのダラダラに乗って出発しました。


メルー・ハウスに泊まっていたころ、いつも土曜日になると現れる不思議な男たちがいた。
全員がブラック・スーツにネクタイ姿のアフリカンで、いつも昼ごろに現れてレストランで食べたり飲んだりして夕方に帰っていく。 
バックパッカーが集う安宿で彼らの存在は浮きまくっており、一体あいつらの正体はなんだろう?? 
旅行客ではなさそうだし、地元人にしても一体なんのビジネスをやっているのか? 
豪勢な飲みっぷりからして貧乏人でないのは明らかだ。 けど金持ちはわざわざこんな安宿のレストランには来ないし・・・。
「きっとあいつらはギャングにちがいない」と勝手に妄想していると、ある日黒スーツの一人と話す機会がやってきた。 
「あなたは何者ですか?」 

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by KilimanjaroID | 2006-10-26 05:46 | Africa-Arusha
2006年 10月 24日

祝! インターネット開通

10月23日(月)

とうとう、我が家にもインターネットが開通しました!
これでもうネットカフェに行かなくてすむ。
これで思う存分、日本語でメールの返信、ブログの更新、日本語のサイトへのアクセス、スカイプの通話・・・etc. ができるぞー!!
(ただし停電していなければ、だけど)

ああ、それにしても今回も待たされた。
10月1日から使えるようにして欲しいとママ・ローズに頼んで、彼女も業者に来てくれるように何度も電話してくれていた
なのに
「今日行きます」とか「明日は行きます」とか。
そんでもって、全然こねえんだよ、こいつらはよー!

今日もSOKOで買ったオレンジを20個も背中にしょって、炎天下の中ふうふう歩いてたら、ママ・ローズから電話。
「インターネットの業者が来たよ。 ンジョー、ササ(早く来い)」

ああ嬉しい。 本当に嬉しい。
いまや地球のどこにいても、ネットは生活になくてはならないものだと、本当に実感する。
ありがたや。 ありがたや。

おかあさ~ん。 早くスカイプでおしゃべりしようね。

a0025361_3144953.jpgようやく日の目を見た、私のラップトップPC
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by KilimanjaroID | 2006-10-24 03:15 | Africa-Arusha
2006年 10月 23日

大雨

10月20日(金)
今週末はナイロビに長期滞在している日本人の友人Kちゃんがアルーシャを訪れ、昨夜は私の家に泊まりにきてくれました。  
彼女は4年前に日本のスワヒリ語講座で一緒に学んだ人で、まだ私がメルー・ハウスに泊まっていた時、たまたまサファリのためにやってきた彼女と偶然再会しました。 
その頃の私はビザの取得など色んな事が上手くいかず、精神的にとてもダウンだった時期で、そんな時に日本語で悩みを話せるKちゃんが現れ、彼女と話しているだけで随分と気持ちが楽になったものです。
今ナイロビで暮らしていることもあり、彼女のスワヒリ語はますます磨きがかかっています。

この日は彼女とSOKO(市場)に行って果物や野菜を買いました。
最初にブロッコリーを買おうとしたら1500シルと言われ、別のところでは500シルのがあったので、それを購入。 
タンザニアでは何でもワズング(外人)・プライスがあり、相手がワズングと見るやいつもの何倍もの値段をふっかけられる事がよくあります。 
でも私はこのロング・ホリディの間に街をぶらつきながら色々と調べて、食べ物や日用品の相場は大体わかっているので、もうその手にはのりません。 
へっへへーん!

買い物を済ませてさあ帰ろうか、という時に突然ドッバアーと大雨が降り始め、しばらく市場で待機。
したものの全く雨はやみそうにないので、市場の外に出ると道はすでに川になっていました。
タンザニアはこれから小雨季のシーズンに入ります。 これからこんな日がしょっちゅうあるのでしょう。
川になった道をざぶざぶ渡って、やっとタクシーをつかまえて帰宅した頃には彼女の1足しかないスニーカーはずぶ濡れ。 
翌朝近所へ彼女のマラパ(ぞうり)を買いにいくと、市場では1000シリングのマラパなのに最初は”3000シル”にふっかけられ、私はまたしても心の中で
「ワズングだと思ってふっかけやがって。バッカヤロー!!!」のお叫び。 
なんとか1200シルまで下げさせて、やっと購入に至ったのでした。

さらにずぶ濡れで家に帰ると停電で真っ暗。 いつものことさ、と思っていたらこの日は違った。
いつもなら数分で戻るのに、結局翌日もずっと停電。
完全に電気が戻ったのは、月曜日の朝。 こんなに長い停電は初めて。
おそらく大雨のせいで電気を送る機械のどこかが、おかしくなったのでしょう。
ああそれにしても、村ならともかくアルーシャのような都会生活で電気なしは本当に不便です。
お湯を沸かすのも、料理をするのも全てケロシン・ストーブ。
ケロシンは今、オイル高騰のためリッターあたり1000シル。
そうそうバンバン使えない。 
うわー。 こまるぜ大雨。 でも雨が降らないと、もっと困るんだよねえ。
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by KilimanjaroID | 2006-10-23 23:57 | Africa-Arusha
2006年 10月 19日

ジョシュア

10月17日(火)
週末はママ・ローズの孫のジョシュアがナイロビから遊びにきました。 ジョシュアは普段はナイロビの寄宿学校にいる13歳の男の子です。 
女の子みたいな綺麗な顔立ちで最初、私は彼を女の子だと思っていました。 女でジョシュアなんて珍しいネーミングだと思いました。 
あとで男の子だと知ってビックリしました。

ケニアは英語教育が進んでいるので、ジョシュアも英語がとっても上手です。 母国語みたいにスラスラと英語を話します。(ジョシュアはタンザニア人) そしてスワヒリ語と、親の部族のパレ語も話します。
こういう風に言葉が3つ話せる人はアフリカには珍しくありません。 本当にアフリカ人の多言語感覚のスキルは凄いです。
そして映画が好きでブルース・リーやシュワルツネッガーのアクションフィルムが大好きです。

パソコンの使い方もよく知っていて、暇があると私のノートPCを開いてDVDを見たりしています。
ケニアはタンザニアの隣国で同じスワヒリ語圏なのに、ジョシュアを見ているとタンザニアとケニアはかなり違うことがわかります。 
教育レベルが高いし、アメリカやヨーロッパの文化が身近にあるし、考え方も先進国に近い感覚を持っています。 ナイロビには空手道場もあるらしいです。

まさに「ケニアはアフリカの先進国」

なぜか私はジョシュアに気に入られたらしく、何かと私にまとわりついてきます。 夜も一緒に映画を見たり、絵本を読んであげたりしました。 
私が箸を使っているのを見て、彼も真似してなんと1日でマスターしました。 
ほんとに利発で向上心があってその上心の優しいジョシュア。 
次に会うのが楽しみです。

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by KilimanjaroID | 2006-10-19 21:39 | Africa-Arusha
2006年 10月 19日

ジェニー

10月18日(水)
最近また”バカヤロー”の気持ちが、ふつふつと沸いている。 
原因は同居人のジェニーだ。
ジェニーはナイロビ出身のケニア人。 キクユ族。 私と同い年。 2児のシングル・ママ。 
半年前にだんなに逃げられたらしい。 
職業は”なんとか&ラブリー”という化粧品メーカーの販売(ちなみにアルーシャでもこのネーミングの化粧品をよく見かける。 Nice&Lovely, Dark&Lovely, Fair&Lovely…etc.)。 
私がアパートに来る2週間ほど前から、彼女はここに滞在している。

最初は特に問題を感じなかった。 
ある晩「あなたの携帯電話を使わせてくれない? 使ったクレジット分は後で返すから」
彼女も携帯電話は持っている。 たぶん昼間に使いすぎてクレジットが無くなったのだろう。
2回貸してあげた。 2回とも翌朝キャッシュで返してくれた。 
だが彼女が使った後はクレジットがいつも空っぽ。 私がかけたくてもかけられない。 
夜なのでクレジットバウチャーを買いにいくことも出来ない。
ある朝急ぎで電話をかけたい時があった。 だがジェニーが使い果たしていたのでクレジットがない。 
ふっとジェニーの部屋を覗くと新しいバウチャーをチャージしていた。
「なんで? なんで新しいバウチャー持ってるなら、昨日あたしの携帯使ったの?」
ムっとした。 もうこいつには貸すまい。 

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by KilimanjaroID | 2006-10-19 21:30 | Africa-Arusha
2006年 10月 07日

Maisha Mapya ~新しい生活

10月6日 金曜日。
アパートに移ってから1週間が経ちました。 60歳のタンザニア人の独身おばあちゃん、大家さんのママ・ローズとのルーム・シェアです。 
今はママ・ローズの友人で私と同い年のジェニーが仕事でナイロビから来ているので3人の共同生活です。 家事分担の特に決まったルールはないけれど、みんなやれる事をやれる時にやっています。 
夕食もママ・ローズがウガリと魚の煮込みを作り、私がサラダを一品つくり、それを3人で食べる、といった感じ。 
一緒に食べることもあれば、バラバラで食べるときもある。 
不思議な共同生活ですが、3人それぞれがあまり気を使わないので、とても心地よい空間になってきています。 
ようやく少し生活が落ち着いてきた感じです。 
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Sitting room of our apartment

難航していた就労ビザの取得も、敏腕会計士のインド人に代行を頼んだので早ければ今月中には取れる予定。
以前は心の中でよくバカヤローと叫んでいましたが、最近はとても穏やかです。 イライラすることも少なくなってきました。 
少しずつタンザニアの生活ペースに慣れてきたのでしょう。
ビザが取れるまであと3週間。 今はダラダラとこの予定外の休暇を楽しんでいます。

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by KilimanjaroID | 2006-10-07 19:44 | Africa-Arusha
2006年 10月 02日

さよなら メルー・ハウス

9月28日。 
アパートに引っ越しました。 予定では10月1日からでしたが、部屋の準備が整ったので引っ越すことにしました。 
かれこれ2ヶ月近く居座り続けたホテル、メルー・ハウス・イン。 私にとってアルーシャで最も思い出深い場所になりました。 忘れないうちに、感謝をこめてスタッフを何人かここにご紹介します。

 

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by KilimanjaroID | 2006-10-02 20:27 | Africa-Arusha