『アフリカのへそ』

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2005年 10月 02日

別れと出会いの9月

週1で日本語を教えていた、仏人のおっさんが母国に帰ることになり、先日最後のレッスンが終わってしまいました。 日本でのプロジェクトが終わったので、フランスに帰ることになった。 あと何回レッスンができるか、エージェントに確認する。 と言っていたのが最後から2回目のとき。 次に行ったら、「今日で最後です」
あっけない。
なにもこんなに突然、お別れがやってこなくたっていいじゃないか。

そら、ちっとも上達はしなかったけどね。 まったくメモも取らなければ、自分で辞書で単語を調べることもしない。 おまけに日々の生活でまっっったく、日本語を使わないので、ボキャブラリーが増えないし、教えたことがちっとも定着しない。
やる気あんのかよ、このおっさん。
という曇天で始まった、おっさんとのレッスン。

最初の3ヶ月は、ほんとに悩んだ。 どーすりゃ、もっと積極的に勉強してくれるんだろ。
どーみてもやる気なさそうなのに、レッスンは続く。 きっと会社から言われて、なんとなくやってるだけだろうと思っていた。

しかし3ヶ月を過ぎたころ、変化がおとずれた。

それまでに習った文型を自分で組み立てて、表現しようとしたのだ。 かなり一生懸命。
その瞬間、自分が大きく間違っていたってわかった。
「あ、この人、本当に日本語をしゃべりたいんだ」って、気持ちがやっと見えた。

母からのアドバイスも衝撃的だった。
「いくら言ってもメモ取ったり、辞書を引いたり、しないんだよ」 と言うと、
「あら、ラテン系ってそういう人多いわよ。 そのかわり授業中は集中して聞いてるの。 彼らはそれで覚えていくのよ」

目から鱗。 

まさにおっさんは、このタイプであった。 
だから3ヶ月たったころから、自分で表現するようになったんだ。

それからは、徹底的に会話練習をした。 文法の理解も意外と早い。
平仮名もろくに読めないのに、漢字を教えてあげると、とても喜んだ。

彼は私が担当する前からレッスンをやってはいたが、その間に何度か先生が替わっていた。
先生の都合もあったらしいが、彼の要望で替えた時もあったらしい。 
私でいいんだろうか。

そしてドキドキの最初の授業。 
それは私にとっても、お金をもらって日本語を教える初めての仕事の、記念すべき第1回目。
その日、道に迷って遅刻をするという、絶対にやってはいけないことをやってしまったのです。

あまりの恥ずかしさと緊張で、その日の授業はまったく記憶が無い。

終わった、と思いました。 心の底から。
このおっさんとの2回目はたぶん無い。 そしてエージェントからは、もう一生仕事はくるまい。
奈落の底。

なのにいつのまにか、半年たってた。 早いね、本当に。

個人レッスンで大切なのは、生徒さんと良い関係を築けるか。 もうこれが9割かな、と思う。
教え方が上手いとか下手とか。 
それももちろん重要だけど、そんなんでいったら、私は本当に酷いからな~。
実際、ある団体で教えたときはコテンパンに叩かれたし。

でも人vs人の仕事は、やっぱり気持ちが大事だって思いました。 技術があればもっと良いと思います。

来週から週1回ですが、語学学校で教えることになりました。
プライベートしかやったことない私が、ついに学校デビューです。
生徒は日本語をマスターしたあと大学や専門学校へ行く、就学生ばかり。
きのう見学した授業は、なんと15~6人の生徒全員がチャイニーズ。

さて、何が待っているやら。
ドキドキ!
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by KilimanjaroID | 2005-10-02 00:06


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